レポート:
甲斐路仏像偏愛紀行(2009.10.10〜10.11)


 
10月10日。年に一度、国分寺市にある武蔵国分寺の薬師如来が開帳される日である。
 
  関東近郊の仏像ファンたちが一斉にお寺へ集結するこの日(たぶん)、私も仏仲間と一緒に、熱いラブコールを送ってきた。
せっかくの3連休、それだけではもったいない!

  というわけで、国分寺をスタートに、多摩から山梨まで一泊二日の見仏旅行へ出かけることに…。
 
・武蔵国分寺(東京都国分寺市)2009.10.10

  前日の天気予報ははずれ、天気はあいにくの小雨。

  薬師堂へ入ると既にたくさんの人であふれていた。昨今の仏像ブームの影響だろうか。  人ごみのなか更に進むと、ライトで照らされた薬師如来が目に飛び込んできた。

  思っていたよりもずっと大きい。木造179cm、平安末期から鎌倉初期にかけての作ということである。
  ほとんど金箔が剥げ落ちて真っ黒になってしまっているが、ところどころに金が光っていて、往時の華やかさを彷彿とさせた。
  薬師如来の厨子のそばには脇侍の日光・月光菩薩、その周りを眷属である十二神将が取り囲んでいる。こちらの造立年代はわからなかったが、薬師ファミリー勢ぞろいの様は圧巻であった。

  数百年前は坂東の片田舎であったあろうこの地で、莫大なお金と時間をかけ、仏像をつくり、拝み、守り続けてきた。現代と違って、ささいな病気や怪我でさえ命を落としかねなかった昔、この薬師如来はどれほど信仰され、大事にされてきたことだろうか。

  お堂を出ると、テントが見えた。年に一度の御開帳の日、地元の方々がお饅頭や地元の特産品を並べて売っている。  信仰の形は少しずつ変わってきたかもしれないが、薬師如来は今も地元で愛され、大切に守られているようだ。

  おみやげを物色していると、聖武天皇と新幹線のイラストをプリントしたタオルが置いてあるのが目に留まった。  一見何の関係もなさそうな両者だが…。聖武天皇は国分寺建立の詔を出したからだとしても、新幹線とは一体?
  地元の方によると、新幹線ひかりは国分寺市にある鉄道総合技術研究所で作られた、だから国分寺は新幹線発祥の地なのだそうだ。

  ここは歴史と最先端の技術を併せ持つ街だったのだ。う〜ん、勉強になるなあ。もっとも聖武天皇は、自分が新幹線と一緒にハンドタオルへプリントされる日が来ようとは、夢にも思っていなかったであろう…。




・瑜伽寺〔ゆかじ〕(山梨県笛吹市)2009.10.10

  甲斐百八霊場にもなっているという古刹。

  お堂はかなり老朽化しており、板が朽ちて所々穴が開き、下の地面が見えていた。歩いていると結構怖い。
  ふと賽銭箱を見ると、底が壊れ、お賽銭が完全に外に出てしまっていた。これではお賽銭が取り放題ではないか!他人事ながら、非常に心配である。

  若干の不安を抱えながらも格子からお堂を除くと、意外にも立派な仏像がたくさん並んでいた。

  中央の本尊は遠くて細部がわからなかったが、周りを十二神将が囲んでいるので、おそらく薬師如来なのだろう。なぜか白い馬に乗っている。この白馬、本尊や十二神将と比べると、白い色が浮き立っており、明らかに新しい感じがした。大事な薬師様というわけで、後から馬に乗せたのだろうか。なんとなく微笑ましい。

  境内を歩いていると、片隅に小さな石仏が並んでいた。よく見ると六地蔵がぴったりと寄り添ってくっついている。



  かわいい!

  見渡せば、あちこちに同じような石仏があった。
  このお地蔵様、子供の頃によく食べていたお菓子、「マリンバ」をなんとなく思い出させる。年がばれるかな…。くっついたウェハース(のようなもの)をパキパキと折って、切り離しながら食べるのだ。そのパキパキ折るのが大好きだった。我々はこれをマリンバ地蔵と勝手に命名。

  不謹慎かもしれないが、お地蔵様がパキパキと手折られてそれぞれ六道へ向かっていくのを想像すると、なんだか楽しくなってしまった。



・甲斐善光寺(山梨県甲府市)2009.10.10


  かの有名な武田信玄によって創建されたという名刹である。本尊はいわゆる善光寺式阿弥陀三尊で重要文化財だが、こちらは秘仏で、7年後ごとに御開帳される。

  それとは別の阿弥陀三尊(こちらも重要文化財)は宝物館で拝観することができる。
  こちらのお寺で初めて「戒壇めぐり」なるものを体験した。金堂床下の真っ暗な回廊を手探りで巡り、その中のどこかにある鍵に触れることで、本尊と縁を結ぶことができるという。
  本当に真っ暗で何も見えない。なんだか肝試し的でスリル満点であった。あ〜、怖かった。

  このあたりは葡萄の名産地でもある。移動の車中から外を眺めていると、ずっと葡萄畑が続いていた。
 
丁寧に積み上げられた石垣が美しい。これだけ積み上げるのに、どれほど労力がいることだろう。
  お寺の階段を登るのでさえ息を切らせてしまう私としては、頭の下がる思いがした。



・東光寺(山梨県甲府市)2009.10.10

  寺伝によると創建は平安時代まで遡り、鎌倉時代に蘭渓道隆によって再興されたという。

  ふと見ると、山門の近くにずらりとマリンバ地蔵(勝手に命名)の大群が!



  大小様々、彫りの感じから比較的新しいと思われるものまで、実にバリエーション豊かに並んでいる。
  どうもこのマリンバ地蔵(しつこいけど勝手に命名)、このあたりでたくさん普及しているスタイルのようだ。
  ここまでの数はなかったものの、甲斐善光寺でもいくつか見受けられた。

  地方を歩いていると、珍しい石仏に出会うことがままあり、よくよく調べてみるとその地域ではかなりの数が確認できたりする。
  このマリンバ地蔵もそうしたもののひとつなのかもしれない。

  仏像や仏教が浸透するなかで、その土地土地において新たな発展をしてゆく。それを体感できるのも、地方仏を尋ね歩くときの醍醐味だと思う。



・恵林寺〔えりんじ〕(山梨県甲州市)2009.10.11



  1330年、夢窓疎石によって開かれた古刹。

  こちらには武田不動尊と呼ばれる不動明王と二童子が安置されている。大胆な造形と色彩で、特に制多迦童子はドラクロワの絵画ばりにドラマチックだ。

  甲斐武田氏の菩提寺ということもあり、境内のあちこちに風林火山の旗がたなびいていた。おみやげコーナーにも武田グッズが満載だ。今ブームの歴女の方々も大満足のラインナップであろう。
  我々、仏女も負けてはいられない。我が仏友もグッズをゲット!



  次の放光寺までは徒歩で向かう。
  葡萄畑の脇を流れる小川を眺めながら歩いていると、なんだかとてものどかな気分になった。



・放光寺(山梨県甲州市)2009.10.11


  今回の甲斐路旅行一番のハイライト。仏像ファン垂涎の的(?)、天弓愛染があるお寺なのだ。

  愛染明王は愛欲を司り、六本の腕にそれぞれ弓や五鈷杵などを握っている。
  天弓愛染とは、そのうちの二本の腕が天に向かって弓を引く姿であらわされた愛染明王で、重要文化財指定では全国で3つのみという貴重な仏像である。
  以前そのひとつを高野山金剛峰寺の霊宝館で拝観したことがあり、魅力的な造形に感銘を受けていたので、今回の放光寺参拝は非常に楽しみで仕方なかった。

  仏像は収蔵庫に入れられており、向かって左から天弓愛染、大日如来、不動明王の順に安置されていた。いずれも国指定の重要文化財である。
  地方仏によく見られるような、素朴で個性的な姿を想像していたのだが、仏像はどれも洗練された美しさをたたえていた。

  目当ての天弓愛染の腕はしなやかで、とても優美だ。
  お寺の方に伺うと、天弓愛染と大日如来は京都や奈良の中央で造られたものを甲斐まで運んだもので、不動明王は中央仏師を招いて造られたものだと伝えられているという。なるほど道理で洗練されているわけだ。

  別のお堂では複製の天弓愛染が安置されており、ご縁がありますように、と仏像の前に五円玉がたくさん結び付けられていた。



大善寺(山梨県甲州市)2009.10.11



  国宝の薬師堂をはじめ様々な文化財をもつ。

  本尊の薬師如来は秘仏だが、普段は葡萄を手にした可愛らしいお前立ちを拝観できる。さすがは葡萄の名産地。

  厨子の周りには日光・月光菩薩、そのまわりを十二神将が取り囲んでいる。いわゆる薬師ファミリー総出演だ。秘仏が入っている厨子に対して、日光・月光がとても大きい。
  お寺の方によると、この日光・月光と十二神将は他のお堂にあった丈六の薬師如来とともに安置されていたが、本尊が失われたあと、こちらのお堂に運び込まれたものだという。  薬師堂のもともとの脇侍である日光・月光菩薩は、薬師如来とともに厨子のなかにしまわれているそうだ。
  十二神将は、大迫力の形相をしたもの、目をむいてユーモラスな顔をしたものなど、一体一体個性に富んでいる。

  境内のなかにも葡萄畑が広がっていて、実に不思議な光景だった。



・真蔵院(山梨県大月市)2009.10.11



  木造七社権現立像なる神像を拝観できるということで、お願いして収蔵庫をあけていただいた。

  室町時代の作と言われており、県の文化財指定を受けているそうだ。格子越しに中をのぞくと、それぞれ150〜200cmくらいはあろうかという木造の男性の神像がずらりと7体並んでいた。かなりの迫力だ。
  人間なら、だいたい50才前後のオジサン(失礼)といったところだろうか。  どれも平安貴族のような烏帽子をかぶっている。

  ご住職のお話では、もともと岩殿山の洞穴にある修験道のお堂にまつられていたものを、こちらの収蔵庫へ移したとのことであった。
  かつては薄暗い洞穴の中に、この7体の神像がずらりとならんでいた。
  蝋燭で照らされてぼうっと姿が浮かびあがったりしたら、なんとも神秘的ではないか。




  大月を過ぎると、もう都内までわずかだ。

  有名な寺院にはもちろん素晴らしい仏像がたくさんあるが、そうでない寺院のものにも、そして時には路傍の石仏にもハッとさせられるような瞬間がある。そのことを再認識できた旅であった。

  家へ辿り着くと、また新たな仏像との出会いを求めて旅に出たくなってしまう。
 
  完全に恋だわ…。


最高顧問Uよりコメント

  昨年より活動(?)を開始した日仏会女子部の「かいじ513」さんより、重厚なレポートをいただきました。
  今回、都合により最高顧問は同道できませんでしたが、楽しいオフ会をやってくれていたようで何よりです。

  最近は名誉顧問の影響もあり、知られざる地方の仏像にもっと目を向けていきたいと思っており、そんな中でわりと近場の甲州の仏像を取り上げられたのはタイムリーな感じがしました。

  ありがとうございました。


   あの風林火山のタオル?ちょっと気になりますねぇ、

文/かいじ513

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8/NOV 2009

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