レポート:最高顧問(U)の「河内見仏紀行」


 
観心寺(大阪府河内長野市)  国宝:如意輪観音坐像  【開扉】 毎年4月17日・18日

  大阪・難波から電車とバスを乗り継ぎ約1時間。午前9時ちょうどに観心寺の門前にたどり着いた。横浜からの所要時間を加味すれば、前夜21時半スタートでおよそ11時間半。
  今回の旅の目的は、極論すれば、目の前の寺に安置されている、ただ1体の仏像を見るために計画されたものだった。

  如意輪観音像が安置されている金堂の特別拝観は10時からということで、金堂の北側にある宝蔵を先に見て、9時半ごろ金堂へ。中では法要が営まれているようで、読経の声が外まで聞こえてくる。この日は生憎の雨で、雨脚も弱くはなかった。雨を避ける意味もあって、金堂の軒下で開扉を待つが、その人数は徐々に増えだした。最終的に金堂周辺で開扉待ちをしていた人数は100人前後はいたのではなかっただろうか。
(←建物も国宝、観心寺金堂。この中に如意輪観音が!)

  普段は閉まっているのであろう厨子の中に、その六臂の変化観音の姿を初めて目にする。
  その瞬間背筋に、寒気というか、電流のようなというか、そういった類のものが走った。
  仏像を見たときにこんな印象を受けたのはいつ以来だろうか。とにかく、本当に久しぶりの懐かしいような感触。

  運良く正面に座ることができた。距離にして10mくらいは離れていただろうか。
  それにしても、イメージしていたものよりもはるかに像を大きく感じた。たしかに像高は1m程度の坐像ではあったが、圧倒的な存在感がその像からはまざまざと感じ取れる。表情はどこまでも柔らかく、この時期の密教系の仏像にありがちな「森厳な」印象は自分はあまり受けなかった。

  また、特に印象的だったのは右第3手。輪王座の右膝の上をじつに艶かしいカーブを描いて中空に差し伸べられ、その先に念珠が握られている。あまりにも完璧でエロティックなその曲線に魅入ってしまう。

  最初手にしていた双眼鏡はいつしかカバンの中に放り込まれ、自分の目だけで見ることに集中していた。その間およそ30分。最初に対面して座したその位置を動かなかった。否、動けなかったという方が正しいかもしれない。それだけこの像のインパクトは強烈だった。

■ 交通 ■
南海高野線・近鉄長野線「河内長野」駅より南海バス西阿多方面ゆき15分「観心寺」下車徒歩5分。
立地的にはかなり山の中のイメージですが、途中住宅地があったりして、バスの本数は少なくないです。平日の日中で1時間2〜3本くらいはありました。


  金剛寺(大阪府河内長野市) 重文:大日如来坐像 他

  週刊「原寸大 日本の仏像」に観心寺の週に一緒に載っていた南河内の名刹。
  本尊大日に不動、降三世の脇侍という珍しい形式で、しかも丈六級という、その写真の実物を見たくて、ほとんど事前に何の調べもなく行ってしまった。
  ところが、相変わらず雨は降り続き、肝心の仏像も真っ暗の内陣をガラス越しに望むため、あまりよくみえなかった。意外と境内は広かったが、バスの時間の関係でこれまたゆっくり見られず。残念。
(金剛寺本堂。かなり雨が強烈だった。)

■ 交通 ■
南海高野線・近鉄長野線「河内長野」駅より南海バス天野山方面行き25分「天野山」下車徒歩すぐ。
バスの本数はおおむね1時間に1本。河内長野から行くと、折返しのバスが戻ってくる関係で、金剛寺の拝観時間が30分(短すぎ)か1時間30分(長すぎ)と限定されてしまいます。行く場合は注意。


  葛井寺(大阪府藤井寺市) 国宝:千手観音坐像  【開扉】 原則毎月18日(2008年は例外あり)

  河内長野の2寺を拝観し終え、藤井寺の駅に降り立ったのは13時過ぎ。
  相変わらず雨の降りしきる中、葛井寺へ向かう。
(入り口から大賑わいだった葛井寺)

  葛井寺の千手観音は日本の千手観音の中では最古の部類に属し、日本に数体しかない俗に言う「真数千手」としても著名な像で、もちろん国宝に指定されている。
  1000本の手は光背のように像の背面から放射状に取り付けられており、そのため、この像には光背がない。脇手が半ば光背の役割を果たしているためとされている。

  お寺の人の説明によると、この像は、合掌手の下の宝鉢を抱えるように表される手(いわゆる宝鉢手)がないことから、もとは十一面観音ではなかったかと言われているそうだ。なるほど、たしかに頭上面も備えてあり、十一面観音をつくって、光背をオプションのように手で表してみたら、意外とハマっちゃったんで、千手観音としちゃいましょうか、なんていう造立の由来もありえない話ではないかも。

  というのも、このお寺、雨だというのに屋台は出ているし、近所のおばちゃんがあちこちで世間話をしているし、ボランティアらしきおじさんが「特別開扉なんで、見てってくださーい!」と声を張り上げているかと思えば、別のお堂では着物に身を包んだ女性たちが、日舞のお稽古をやっている。とにかくなんというか賑やかなのだ。

  我々仏像ファン的には「月に1回の国宝開扉」というと厳粛なもので、貴重な瞬間だととらえがちだが、少なくともこのお寺にはあまり「厳粛」という雰囲気を感じなかった。地元の人たちが一緒になって、この特別開扉という「お祭り」を楽しんでいる感じだ。この点、観心寺とはまるで対極に位置している。
  だからこそ、「完成したら別の仏像になっちゃったけど、まぁ、これはこれで」みたいなユルイ由来があっても、あんまり違和感を感じないのだろう。

  今年(2008年)は、子年特別拝観ということで、普段入れてもらえないらしい内陣まで入って、本当に至近距離(2mくらい)で拝観することができた。とはいえ、混雑しており、仏像の目の前はただの通路。人1人がやっと通れるくらいのその通路をほとんど「通過する」に過ぎない。もっとも、見終わって裏側を回り、また列に並ぶことで、何度も見ることは可能なのだが、「じっくり見る」ことについては不足があったのは心残りだ。

  とはいえ、仏像自体は非常に高レベルで安定している。
  実際1000本の千手のインパクトはもとより、天平的写実を体現したような見事な表情がまたいい。「千手観音」の分類では唐招提寺や三十三間堂に大きさでは敵わないが、大きさを補って余りあるその表情に、仏像にまったく興味のない知人に「この像のお顔はいいね」とまで言わしめた。

■ 交通 ■
近鉄南大阪線「藤井寺」駅より徒歩10分
他の各寺に比べると、比較的駅からは至近距離。入口は商店街を歩いていると突然現れます。


  野中寺(大阪府羽曳野市) 重文:弥勒菩薩半跏像  【開扉】毎月18日

  葛井寺の南方、およそ1キロ。仲哀天皇陵の脇を抜け、歩くこと15分。
  ここのお目当ては重文・野中寺弥勒菩薩像。白鳳仏でこの像も毎月18日開扉。

  金銅製の像高20センチにも満たない小像ではあるが、非常に作りこまれた像、という印象がある。台座には小さいながらもかなりはっきりと銘文が彫られており、造立年(丙寅年=西暦666年)がわかる、この時代にしては珍しい像。アルカイックスマイルをベースにしていながら、半分眠ったような表情が特徴的だった。「古拙の春眠」とでも言うべきか。

  ところで、このお寺で聞いてみた。なぜ、観心寺にしても葛井寺にしても、「18日」に開扉なんですか、と。
 
 「18日というのは観音の縁日だからなんです」
 「なるほど。・・・って、あれ?ここのは弥勒さんじゃなかったですか?」
 「まわりが開扉してますから、ウチもそれにあわせたんです(笑)」

  葛井寺にしろ、この野中寺にしろ、適度な肩の力の抜き方が実にいい。

■ 交通 ■
葛井寺より徒歩15分。
または「藤井寺」駅南口3番乗り場より近鉄バス羽曳が丘方面「野々上」下車。所要10分弱。本数は系統が複数あるため、わりとあります。


  道明寺(大阪府藤井寺市) 国宝:十一面観音立像  【開扉】毎月18・25日

  道明寺十一面も国宝指定。ここも毎月18日と25日に開扉される秘仏である。
  とはいえ、実は最高顧問は5年前、東京に出御していたときにすでに像そのものにはお会いしている。そういうわけで、今回の拝観は5年ぶり2回目、ただし、向こうの「ホーム」では初顔合わせとなる。

  ここの像については、正直、印象が薄い。団体客が本堂内にひしめき合っていたのと、堂内の暗さ、それと仏像とお寺の説明をしていたのが尼さんだったのが妙に気になっていたせいだろう(お寺の女性の方、というのは過去多く見てきたが、袈裟纏った女性の方、というのは初めてだった)。また、葛井寺と同じく、本尊の前で立ち止まれなかったのも痛い。まぁ、1回みたことある像だったし、未練を残すほどのことでもなかったと思うが。

  ただ、檀像彫刻の代表格で、菅公御製という、胡散くさい曰くこそあるものの、説明なしで博物館に陳列されていても、確実に足が止まるであろう仏像ではある。
 

■ 交通 ■
近鉄南大阪線・道明寺線「道明寺」駅より徒歩10分。道明寺天満宮南側。


  獅子窟寺(大阪府交野市) 国宝:薬師如来坐像 【開扉】 拝観は要事前予約

  ここを訪れる3日ほど前、拝観予約のため、連絡を入れたところ、
 「お車でお越しにならないでください」
  と念を押された。どういうことだろう。確かに駅からかなり距離があるようだが、車で来るような人には拝ませないということか?
(←住宅街の抜け道のようだが、ここが入口)

  そのわけは河内森駅から10分ほど歩いたところで思い知らされた。
  住宅地のわき道の先に見つけた「獅子窟寺⇒」の看板の先にはマンガのような、冗談みたいな坂道が立ちはだかっていたのである。車でお越し、どころではない。
  斜度が確実に20%はあろうかという坂道。もはや、坂というより「壁」のように見えてくる。上着を脱ぎ、タオルを首に巻いて、すれ違う人に挨拶を交わす。完全に「山歩きモード」だ。
(←わかりにくいかもしれませんが、これで斜面に正対しています)

  急傾斜の登山は意外とあっけなく10分ほどで終わっただろうか。境内に到着後、拝観のお願いに寺務所へ。
  お目当ての本尊、薬師如来像は奥の収蔵庫内に脇侍、十二神将とともに安置されている。
  平安期の仏像の特徴である彫りの深い、いわゆる翻波式衣文が刻まれ、薬壺を左手に持ち、それを体の正面に置く珍しい形である。
  像高は1mもないだろう。思った以上に小さく見えた。

  おそらく予約したときに電話で応対してくれた方だろう。焼香の後「ごゆっくりどうぞ」と収蔵庫を貸切状態にしてくれた。お茶とお菓子の心遣いがうれしい。昨日からの特別拝観のラッシュでは1度もなかった1対1での拝観。じっくり堪能するにはやはりこれが一番いい。あまりにもゆっくり浸りすぎて、あやうく拝観料を払い忘れるところだった。

■ 交通 ■
JR片町(学研都市)線「河内磐船」駅、または京阪交野線「河内森」「私市」駅より徒歩。
所要時間については、どの駅からも境内まで40〜50分となっていますが、実際は20分ほどで到着しました。前述のように道の傾斜がかなりきつく、個人差が大きく出るためと思われます。
また、その傾斜ゆえ、車での進入はできません(物理的に無理です)。がんばって歩きましょう。住宅地の中を抜けていくことになります。
なお、距離的には河内森駅が最も近く、次いで河内磐船、私市の順です。


  四天王寺(大阪府大阪市天王寺区) 重文:阿弥陀三尊像 他

  聖徳太子創建の寺として、「四天王寺式伽藍配置」の代表例として日本史の教科書に登場する四天王寺だが、創建当初の遺構や文化財はすべて失われ、現状の伽藍はすべて近年の再建になる。仏像もまた然り。

  宝物館に若干、当寺伝来の仏像が展示されているので、それを見に行く。
 「スキンヘッド如来と踊る脇侍」としてわりと仏像仲間では有名な三尊仏がここにいる。
  もともと螺髪が付いていたのに全部外れてしまっている阿弥陀如来と、それぞれ、片足を膝の辺りまで上げている観音、勢至。当初から一具であったかは定かではないものの、特に脇侍が何でまたこんなポーズになっているのか、苦笑しながら考えさせられてしまう。
  再建のお寺だから・・・というスタンスで見ていると、絶対見逃しそうな仏像なので、四天王寺お越しの際には宝物館まで足を伸ばして、この像は見てほしい。少なくとも、なかなか他所では見られない仏像であることは確かだ。

  あと、とりあえず「最上階まで登れる五重塔」にはびっくりした。その階段の螺旋構造に、会津若松のさざえ堂をちょっと思い出した。

■ 交通 ■
大阪市営地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅より徒歩10分。
JR大阪環状線他「天王寺」駅より徒歩20分。


  浄土寺(兵庫県小野市) 国宝:阿弥陀三尊像

  3日目にして初めて朝から好天に恵まれた。
  雲ひとつない抜けるような青空と、田んぼが一面に広がるのどかな田園地帯の真ん中に、今日の目的地、浄土寺がある。

  こんな田舎の(失礼!)あまり人気もないお寺にぽつんと、不釣合いなほどの雄大な建築が。これがかの有名な浄土寺浄土堂。東大寺南大門とただ2つ遺された完全な大仏様建築の遺構である。
  とはいえ、うわさの大物仏が中に控えている状況下、この建築にはあまり目が行かなかったのは、やむをえない仕儀であろう。

  像高538cm、台座から光背までの総高は8mを超えている。
  「でかっ」
  浄土寺阿弥陀三尊の、まずは、の第一印象である。

  丈六の立像というのは、あまりお目にかかったことがないが、それにしたって、この像の大きさには唖然とした。なにせ、5m強。クラスでいうと、興福寺国宝館の千手観音辺りと同レベルの大きさである。法隆寺の百済観音の2.5倍、と言ったほうがわかりやすいだろうか。かつて快慶の仏像を研究したこともあったのだが、その作例のほとんどが1m級の小〜中型の仏像だった。今まで見た中では安倍文殊院の文殊菩薩が最大だっただろうと思うが、明らかにそれを凌駕する。

  造像例が多数残る三尺阿弥陀とは明らかに違う表情をしているが、これはやはりその大きさに依存するものであろう。上から見下ろすように設計される場合、首がやや下を向き、目線も下を向く。この像もおそらくその例に属するものであろう。これだけの巨像でありながらまったく破綻していないその造形は、やはり快慶の天才的技量。三尺阿弥陀が彼の本領であろうが、巨像になってもこれだけの技を見せ付けることができる。運慶と双璧をなす仏師であること、改めて認識させられた。

  また、像は堂の中央に置かれており、前後左右、どの角度からも拝観できるのもうれしい。それでありながら今日は貸切状態。嬉しくて5周くらい回ってしまった。南無阿弥陀仏。

  春と秋の彼岸はちょうどこの像の後方に日没するように作られており、光とともに来世から迎えに来るという阿弥陀来迎を現世に現出させるという演出がなされているのだが、これは是非とももう一度その時期に来て、見てみたい、と思わしめるに十分だった。

■ 交通 ■
神戸電鉄「小野」駅よりバス・・・という案内を見ましたが、路線バスは平日朝1本のみ。実質ないも同然です。小野駅からコミュニティバスが近年運行を開始した模様で、1日4本程度あるので、使う場合は時間を事前に調べていくことをオススメします。HPは右の■をクリック!→

どうしても時間が合わない場合はタクシーで。所要10分ほど。料金は1300円(中型だったかな?)
神戸市内からも時間がかかったことを踏まえて、まぁ、次行くときは車だな、と思いましたが(^^ゞ



(注)・・・特別開扉日、所要交通手段等の情報はすべて2008年実績のものです。また、これらは変更される可能性があります。本文章に拠ったため損害を被るような事例が発生しても、日仏会および最高顧問は責任を負いかねます。ご了承ください。

文/最高顧問(U)

日仏会へお便り

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6/MAY 2008
(初出)

1/JUL 2008
(加筆修正)

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